第2部

日本プロ野球カード収集

ポテトチップス/NOMOマニア/イチロー/大谷翔平

ケビン・グリュー

SMRマガジン2018年4月号掲載記事(発行元:PSA)


1995年、それは「NOMOマニア」という言葉を抜きにして語ることはできません。

このシーズン、日本人右腕の野茂英雄投手が彼の代名詞であるトルネード投法と角度の鋭いフォークボールでメジャーリーグの強打者を次々と翻弄し、野茂投手が先発するロサンゼルス・ドジャースの試合中継は日本でも見逃せないものとなりました。

野茂投手は、史上初の日本人メジャーリーガーではありませんでしたが、間違いなく初めてメジャーリーグを席巻した日本人プレーヤーです。

日本のスポーツカードを専門とする最初のアメリカ人ディーラーであるゲイリー・エンゲル氏は、「NOMOマニア現象がアメリカにおける日本プロ野球カードへの関心を高めたことは間違いない」と述べています。野茂投手(身長約188センチ、右投げ)のルーキーカードがアメリカで初めて登場したのは1995年ですが、日本では既に1990年のタカラ、1991年のベースボールマガジン(BBM)、そしてカルビーの各セットに野茂投手のカードが含まれていました。

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『Japanese Baseball Card Checklist and Price Guide(日本野球カードのチェックリストと価格ガイド)』の著者でもあるエンゲル氏は、1991年、BBMファクトリーセットを発売時に数セット仕入れましたが、当時は全く人気がありませんでした。「ほとんどの1991年版ファクトリーセットが1995年まで売れ残っていました。1991年には15ドルでも売れなかったものが、1995年には100ドル以上で売れたのです。」(エンゲル氏談)

日本生まれのメジャーリーガーを対象に、グレード付きのルーキーカードを収集しているデイビッド・サバ氏は、「NOMOマニア現象が日本選手のカードを集めるきっかけとなった」と語っています。

「彼が突如としてアメリカの野球界に出現したとき、私はまだ13歳か14歳でした。彼のように突然現れて、アメリカの選手たちを次々と打ち取る姿に圧倒されたことを覚えています。そして、日本で発行された野茂選手のカードがあると知っててからは、彼のありとあらゆるカードを夢中で探し始めました」(サバ氏談)

1995年、野茂投手はオールスターゲームに先発投手として初出場を果たしました。また、この年のナショナルリーグ奪三振のタイトル、そして最優秀新人選手賞を獲得しています。残念ながらその後は1995年ほどの活躍をすることはありませんでしたが、メジャーリーグで戦った12年間に通算123勝という見事な成績でそのキャリアを終えています。引退に伴い野茂選手のカードの需要と価格は下がりましたが、日本のプロ野球カードの存在をアメリカのカード収集家に知らしめたことは彼の大きな功績のひとつです。

日本のプロ野球カードを売買しているロブ・フィッツ氏によると、日本最初の野球カードは1897年に発行されました。直径が約3.8センチの円形めんこ(面子)で、表面には両手で頭上のボールを取る選手が手描きされています。

めんこはアメリカのPOGのようなもので、当時は相手のめんこをひっくり返すゲームとして流行していました。

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20世紀大半の間は、日本の野球カードとアメリカの野球カードとの間にあまり類似性は見られませんでした。ポストカードやブロマイド、めんこなどに代表される日本ビンテージカードの詳細は、第1部において紹介しています。

エンジェル氏とフィッツ氏は、「現在の日本人コレクターの大半は最近の新しいカード、特にカルビーとBBM社製のカードに特化している。」と指摘しています。2017年5月、フィッツ氏が日本で8つのカードショップを訪れたところ、近年のカードが品揃えの中心の店ばかりでした。

「ほとんどのカードショップがBBMカードと最新のアメリカのカードを取り揃えていましたが、ビンテージカードは全く見ませんでした。1970年代のカルビーカードを何件かで見ましたが、それ以前のカードは全くありませんでした。」(フィッツ氏談)

ビンテージカード(年代物)vsモダンカード(近年物)

北米のコレクターは慣例的に1970年以降に作られたカードを"モダンカード"とみなしますが、日本ではカルビーが毎年発行のカードセットを作った最初の会社で、1973年に最初のシリーズを発行しました。

エンゲル氏は、「日本の場合、1991年が"モダンカード"の始まりと言えるでしょう。その理由は、1970年代と80年代のカルビーカード、とりわけ保存状態良いものは希少で、収集対象としての価値がとても高いからです」と述べており、「日本のコレクターにとってこの年代のカルビーカードは"モダンカード"ではない」と付け加えています。

1970年代から1980年代にかけて発行された山勝、NSTミスター・ベースボール、ロッテガム、マーメイドなどのカードセットは今でも一定の人気はありますが、今日まで毎年セットを発行し続けているのはカルビーだけとなっています。

第1部では文字数の都合上カルビーカードについて触れることができませんでしたので、今回その詳細について書きたいと思います。前述の通り、多くの企業が日本のカード市場への参入を試みましたが、この記事では特にカルビーとBBMという大手2社について、タカラに関しては短くご紹介します。

カルビーカード

日本のスナック菓子メーカーであるカルビーは、売り上げを伸ばすため、1973年から自社製品(主にポテトチップス)にカードを付け始めました。

「日本ではBBMがアメリカのToppsのような存在と言う人がいますが、私はカルビーこそが日本のToppsだと思っています。逆に、BBMは後発でカード市場に参入したUpper Deckのような存在」」と、日本在住のカナダ人収集家、ショーン・マッギンティ氏は述べています。

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一般的にカルビーカードは高品質用紙を使用し、表面にはに写真が枠無しで印刷され、裏面には選手の情報が日本語で印刷されているのが特徴です。1989年からは選手名の英語表記が始まりました。

フィッツ氏によると、カルビーはカードのサイズを4回変更しています。1973年から1980年までのシングルカードはアメリカのカードより若干小さめの2-3/8インチ×3-1/8インチでしたが、次の10年は1950年のBowmanとほぼ同じサイズの2.0インチx 2-5/8インチに縮小されました。1990年シリーズの途中からは、角が丸くテレホンカードと同じサイズの2-1/8インチx3-3/8インチになり、さらにその8年後にはアメリカの標準的なカードサイズと同じ2-1/2インチ×3-1/2インチに変更されています。

カルビーセットは、200枚未満のセットから1,436枚のセットまであり、スター選手だけを載せています。1990年代後半まで、これらのカードは1枚ずつスナックに付いていたため、スナックを買わなければカードが手に入らなかったことをフィッツ氏は指摘しています。つまり、セットを完成させるには相当数のポテトチップスを食べなければならなかったということになります。

「1987年以前のカルビーカードで、セットに含まれた全てのカードを揃えた人に出会ったことがありません」(エンゲル氏談)

難航を極めたカルビーカード収集

エンゲル氏が1993年に価格ガイド初版の編集を始めたとき、資料など何もない状態からカルビーセットのチェックリストをまとめなくてはなりませんでした。番号の付いていないカードや、同じ番号のカードが複数あったため、作業はとても難航しました。

「カルビーに製造枚数や欠番の理由を尋ねても、記録は全く残っていません。1988年より以前に発行されカードについては、チェックリストすらないのです」(エンゲル氏談)

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非常に発行枚数の少ない地域限定カードなどは、本当に実在するのかさえ証明しにくい場合もあります。

「カルビーシリーズで、実在したかどうかも良くわかっていないカードがあることは本当に不思議なことです。カルビーセットには、2枚とか3枚、あるいは4枚しかその存在が知られていないカードさえあります。1980年代のセットですらこの調子ですから。」(エンゲル氏談)

カルビーのルーキーカード

アメリカのカード発行元とは対照的に、カルビーはルーキーという存在を特別に取り上げたことがありません。

日本プロ野球カードのベテラン収集家で人気ブロガー (http://japanesebaseballcards.blogspot.ca/)でもあるデイブ・マックニーリー氏はこのように述べています。「カルビーは今まで入団1年目の選手のカードをあまり多く作っていません。例えば、初めて野茂投手のカードを初めて作ったのは、彼がルーキーとして活躍した年の翌年に当たる1991年でした。イチロー選手に至っては、ドラフトから2年後の1994年です。近年は状況が少し変わってきているようですが、あまりルーキーには固執していないように見受けられます。」

また、同氏は「各セットには同じスター選手のカードが複数含まれているので、代表となる一枚を見極めるのが難しい」と付け加えています。

1973年版カルビーセット

数あるカルビーシリーズの中で最も収集家に人気があるのが、1973年版カルビーセットです。

カードサイズは2-3/8インチx3-1/8インチで、全368枚のカードから構成されています。カード表面は枠無しの写真が掲載され、選手名(姓のみ)、ポジション、チーム名が下部に記載されています。裏面は薄い青色インクで文章が書かれており、左上に球団旗が印刷されています。

「1973年のカルビーセットは、おそらく1952年版Toppsセットの様にカード収集の象徴となる存在のひとつでしょう。」(マッギンティ氏談)

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このセットは、日本の野球史上最も人気のある長嶋茂雄選手のカード6枚から始まっています。カード番号1は、強打者長嶋選手がカメラの方を向いて微笑んでいるショットで、カルビーカードの中で最も人気のあるカードのひとつです。今までに5枚のカードがPSAの鑑定を受け、最高グレードはPSA NM-MT 8となっています。

長嶋選手の最初の6枚を皮切りに、同様に人気の高い「ホームラン王」王貞治選手のカード6枚が続いています。

このシリーズには、複数のプロスポーツで活躍したウォーリー与那嶺選手のカードが2枚(#210と#211)含まれており、貴重なコレクター・アイテムとなっています。与那嶺選手はハワイに生まれ、1947年にサンフランシスコ・49ers(アメフト)にランニングバックとして入団しました。その後、彼は戦後初のアメリカ人選手として日本プロ野球界で活躍しました。

与那嶺選手の伝記『日本の野球を変えた男(Wally Yonamine: The Man Who Changed Japanese Baseball)』の著者でもあるフィッツ氏は、「これら2枚のカードがとても多くの人から欲しがられているのは、与那嶺選手の人気と流通数が極端に少ないことの相乗効果によるものでしょう」と語っています。

タカラ社製プロ野球カードゲーム

カルビーがスター選手に焦点を当てたカードセットを発行する一方で、日本の玩具メーカーのタカラは、サイコロゲームStrat-O-Matic(ストラット・オー・マティック)に似たプロ野球カードゲームを発売しています。このカードゲームは1978年から1998年にかけて発売され、カードは角が丸く、サイズは2-1/8インチx3-3/8インチです。カード表面には選手の写真、選手名、背番号、チーム名などの選手情報が印刷され、裏面にはサイコロゲームのカード情報が記載されています。球団ごとのセットで、1セットに30枚のカードが含まれています。

「タカラカードはあまり良く見かけませんが、角が丸いことが幸いし、見つかる場合は高い確率でかなり良い状態です」(サバ氏談)

1991年:BBM時代の幕開け

ベースボールマガジン社(BBM)が最初のセットを発売した1991年、日本におけるプロ野球カード収集という趣味がいよいよ本格化することになります。アメリカのカードの特徴を多く取り入れたカードセットを製作するようBBMを説得したのは、ベテランのプロ野球関係者、マーティ・キーナート氏です。

BBMカードはアメリカ製のカードとサイズが同じというだけでなく、表面に英語で選手名、裏面に個人成績が記載されています。タカラのカードを除き、BBMセットは日本野球機構(NPB)の各球団のほぼ全選手を網羅した最初のプロ野球カードセットです。BBMセットはルーキーや大活躍した選手、タイトル受賞者などにも焦点を当て、1パック10枚入りとして販売しました。

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Ohtani/Fujinami

「日本の人たちがカード収集を全くしていなかったわけではありませんが、BBMカードが日本人のカードへの関心を更に高め、1990年代のブームを引き起こしたのだと思われます」(エンゲル氏談)

BBMはサバ氏のようなルーキーカードコレクターにとっても、より収集しやすい環境を整えたと言えます。

「BBMは前年にドラフトで選ばれた選手全員のカードを発行しています。2018年には前年の10月にドラフトで選ばれた選手全員のカードを発行するはずなので、これからは何年にどの選手のルーキーカードが発行されたかもう聞く必要はありません。」(サバ氏談)

野球カードの人気が日本で高まるにつれ、BBMは発行するカードセットの種類をを増やしてきました。毎年、基本セットをはじめ、プレミアムセット、オールスターセット、日本シリーズセット、球団セットを発行しています。近年、インサートやパラレル版、メモラビリアカードや直筆サインカードなども追加されています。

1993年版BBMセット

発行開始から3年目のBBMセットがおそらく最もコレクターの間で人気があるセットです。標準サイズのカード498枚からなり、各カード表面にはカラー写真が印刷され、左上隅には「BBM '93」と印刷されています。また、表面の下部には、選手名や背番号、そしてポジションが球団旗と共に印刷されています。裏面は、チーム名、選手情報、個人成績、選手の顔写真(小サイズ・カラー)で構成されています。

このセットの注目点は、この年にルーキーだった鈴木一郎選手(#239)と松井秀樹選手(#423)が含まれていることです。素晴らしい実力を備えたイチロー選手(外野手)が2001年にシアトル・マリナーズでデビューした際には、イチローカードの需要が一気に高まりました。

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「イチロ一選手は野茂投手と同じような影響を日本の野球カードに与えたと思います。間違いなく、彼らは日本の野球カードへの関心を高めるのに大きな貢献をしています。」(サバ氏談) PSAで鑑定された1993年のイチロ―カードは814枚あり、その内の118枚がPSA GEM-MT 10です。

大谷翔平

次に日本の野球カードブームを巻き起こす日本人スター選手は、"剛腕・強打の2刀流"として活躍する大谷翔平選手でしょう。この23歳の右投手は、過去5シーズンに渡りNPBの北海道日本ハムファイターズに所属し、マウンド上で輝かしい成績を残しています。2016年には投手として10勝4敗、防御率1.86、打者としても22本塁打、3割2分2厘の高打率を記録しました。しかし、2017年には足首の故障で不本意なシーズンを送っています。

大谷選手は足首に故障を抱えていましたが、ポスティングシステムを利用して2018年にメジャーリーグに挑戦したいとの希望を表明しました。ほぼ全てのメジャーリーグ球団が大谷選手の獲得に興味を示す中、2017年12月8日にロサンゼルス・エンゼルスが契約を勝ち取り、投手及び指名打者として"2刀流"の起用方針を打ち出しています。

「今までは野茂投手とイチロー選手が日本の野球カードへの関心を高めてきましたが、間違いなく大谷選手も同じような存在になると確信しています。来季のメジャーリーグに大谷選手が出場して大活躍すれば、確実に新たな野球カードブームを引き起こすでしょう」(サバ氏談)

マックニーリー氏によると、大谷選手は2013年からBBMセットに登場しており、すでにこれらのカードは多くのコレクターの関心を集めています。

「大谷選手に関する質問は、これまでのどの選手に関する質問よりも多いです。プロデビューした2013年当時のことまで遡って聞かれます。」(マックニーリー氏談)

2013年にBBMから発行された大谷選手のルーキーカード(シングル)は何種類かあり、シーズンセットとルーキーシリーズ、及びファイターズ球団セットに含まれています。

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また、同年にはBBM認定直筆カードやメモラビリアカードも数種類発行されています。マックニーリー氏によると、最も高額なカードのひとつが2013年シーズン2の「Cross Wind」直筆サインカードで、およそ18万円にもなります。

「今現在、eBayには彼のカードが驚くほど高い値段で沢山出品されていますが、今のところは実際に売れているかどうかはあまり気にしていません。メジャーリーグの球団と契約したことで、彼のカードの価値が今後急上昇することが予想されます。」(マックニーリー氏談)

2017年12月9日に大谷選手がエンゼルス入団記者会見を行った後、アメリカのカードメーカーであるToppsは、エンゼルスのユニフォームを着た大谷選手の最初のカードを製作し、「Topps Now」で24時間の限定販売を行いました。このカードの販売枚数は17,323枚にも上り、Topps Nowカードの売上記録を更新しました。

これは日本で発行された野球カードではありませんが、これほどの短時間に示された高い関心は、アメリカと日本における"モダンカード"市場の今後を推し量る目安となることでしょう。

以上

英語の記事は添付をご参照ください。